桜洞城 飛騨の支配者 三木氏の本拠城

【桜洞城城址碑】
【歴 史】飛騨一国を統一した三木氏の代々の居城として伝えられています。永正年間に(1504〜1520)に三木直頼が築城した後、良頼、自綱、宣綱と居城し、永禄年中(1558〜69)に自綱は大野郡に進出して松倉城を築いたと云います。天正13年(1585)に三木氏を滅ぼした金森氏が、桜洞城から630m離れた場所に新たに萩原諏訪城を築いているので、この時点で廃城になったと考えられます。
桜洞城は益田郡を拠点としていた三木氏の本拠城として機能していましたが、三木氏が益田郡から大野郡へと勢力を拡大すると、松倉城を「夏の居城」とし、雪が少ない桜洞城を「冬の居城」としたと云われています。
桜洞城は飛騨では珍しい平城の形態をしていますが、それが災いしてか三木氏の本拠城でありながら遺構の保存状態はあまり芳しくありません。

■場所:下呂市萩原町桜洞 ■築城主:三木直頼
■別名: ■城形式:平城
■築城年:永正年間に(1504〜1520) ■城遺構:空堀・土塁


【桜洞城の土塁跡】