墨俣城 木下籐吉郎の一夜城

【墨俣城址に建つ模擬天守】
【歴 史】尾張の織田信長が美濃の斎藤氏稲葉山城を攻略するには、どうしても国境に近い美濃領内に前線基地を築く必要がありました。そこで永禄九年(1566)頃、信長配下の武将佐久間信盛、柴田勝家、織田勘解由らが変わるがわるに築城しようとしましたが、完成間近になると敵襲があり、どうしても築くことが出来ませんでした。この時木下籐吉郎が築城を申し出て、信長がこれを許可すると、籐吉郎は予てから手懐けていた野武士を集めて川上から資材を流し、あっという間に城を組み立て築いてみせました。工事にかかったことを知った敵が襲撃した時には城が出来上がっていので、俗に一夜城とも称されました。現在は史実と関係のない模擬天守閣が建てられていますが、歴史とは関係なく郷土資料館として捉えれば福井の勝山城と同様でとても立派な建物だと思います。特に館内に展示してある墨俣砦から発掘された兜は一見の価値有りです。

■場所:安八郡墨俣町字城ノ越 ■築城主:木下籐吉郎(後の豊臣秀吉)
■別名:一夜城 ■城形式:平城
■築城年:永禄九年(1566) ■城遺構:なし