細野城(ほその) 三河との国境に位置する技巧的な城

【細野城の喰い違い虎口】
【歴 史】細野城の築城については具体的資料に乏しいが、おそらく天正12年(1584)の小牧・長久手の合戦時、或いは慶長5年(1600)関ヶ原の合戦時に築城されたと考えられる。関ヶ原合戦時には隣の柿野村で、東軍の妻木勢と西軍の田丸勢が戦ったとの記録がある。領主については不明であるが、城が位置する細野村は、室町期には妻木氏が、江戸期には岩村藩が治めている。立地から三河国側との関連性が強いと考えられるが詳細は不明である。本城は小規模であるが、主要曲輪の前後には堀切や竪堀を設け、背後には喰い違い虎口を設けていることから、恒常的な城ではなく外部勢力による臨時的な城であったと考えられる。『現地説明版より本文抜粋』
細野城は文献資料に登場しない謎多き城ですが、小規模ながらも喰い違い虎口を始め、見事な堀切や竪堀、土塁等が複数確認できる超素晴らしい城址です。以前は城址まで近づくのが難しい状態でしたが、地元の方の精力的な整備のおかげで一般の人でも登城することが可能になりました。

■場所:土岐市鶴里町細野 ■築城主:三河国の勢力か
■別名: ■城形式:山城
■築城年:不明 ■城遺構:曲輪・空堀・竪堀・堀切・土塁・土橋・虎口・喰違虎口
■標高:640m ■比高:190m


【堀切F跡】

【堀切E跡】

【通称 搦手曲輪の土塁跡】

【曲輪Tと土塁跡】

【竪堀跡】

【堀切B跡】

【通称 大手曲輪跡】

【堀切C跡】

【曲輪Tからの眺望】

<細野城へのアクセス>
まずは土岐市南部を横断する国道363号を目指しましょう。愛知県からの場合は、東海環状自動車道せと品野ICを出たらその先の国道363号線「上品野町」交差点を右折、そのまま約5km程進むと岐阜県土岐市に入ります。国道363号線沿い(土岐市鶴里町細野地区内)にあるJAとうと濃南支店の東隣の喫茶店どれみの東側から南に延びる側道(細野城の表示有)に入り、そのまま約700m進むと正福寺という寺院があり、その先の駐車場(墓地のさらに先)が細野城見学者用の駐車場として提供されています。登り口は2ヶ所あります。@駐車場のすぐ対面の入口から登るコース、A正福寺を約100m手前に戻った東側に続く側道を進み、突き当りを右折した先の左側にある入口から登るコース。入口や登城道は地元の方が設置してくださった案内表示があるのでまず迷う事はありません。公共交通機関の場合は、JR中央線多治見駅から東鉄バス笠原線に乗り、約40分程で「細野農協前」に到着。JAとうと濃南支店の東隣の喫茶店の側道から正福寺を目指します。但しバスの本数は極めて少ないので注意。