釜屋城(かまや) 土豪勝氏の詰の城か

【釜屋城の切岸状地形(曲輪の虎口付近)】
【歴 史】在地土豪勝氏の居館である上向手城に近いため、勝氏の詰の城的な城郭ではとないか考えられます。在地土豪クラスの城郭としては比較的大規模な遺構であり、虎口や堀切、切岸など明瞭に確認することができますが、あまり有名な城址ではありません。比較的中世城館が密集している恵那市山岡町内の城郭の中でも特に城域は広大であり、最も見応えのある城郭だと思います。ただし訪問当時は城址までの案内表示や城址内での説明表示等はありませんでした。

■場所:恵那市山岡町釜屋 ■築城主:勝氏か
■別名: ■城形式:山城
■築城年:不明 ■城遺構:曲輪・堀切・竪堀・櫓台・土橋・虎口
■標高:580m ■比高:80m


【釜屋城の堀切と土橋跡】

【主郭の切岸】

【主郭内の櫓台跡】

【釜屋城の竪堀跡】

【主郭下段の腰曲輪】

【釜屋城山麓の伝屋敷跡】

<釜屋城へのアクセス>
恵那市岩村町から明智町へ抜ける途中、国道363号線上の黒羽根バス停前の道を右折し東へ進みます。1.2km程進んだ左側に神明神社がありますが、神明神社横から左側に入っていく道の奥に登城口があったと思います。在地領主のマイナーな城ですので、案内表示はありません。山岡町の歴史講演会のウォーキング行事で訪れたのでよく覚えていません。車は300m程先にある公孫樹会館に駐車しました。