刈安城(かりやす) この城が伝承の小笠原家侵攻の城か

【刈安城址に鎮座する刈安神社と烏帽子岩】
【歴 史】刈安城は別名萩之島城といい、信濃守護小笠原氏が東濃に侵攻してきた応仁・文明の乱の時に大井城と共に落城したといわれています。城下には江戸時代の中仙道が通っており、もともと旧東山道を守る目的で存在した砦の可能性があります。城址は権現山にあり、小笠原氏の侵攻後は元亀年間に再建され西尾道永が守ったといわれています。城址の史跡表示等はありませんが、登城道は城址に鎮座する刈安神社の参道としてとてもよく整備されており、頂上まで迷う事はありません。頂上の苅安神社の西側が主郭跡となります。城址としての整備はされていませんが、烏帽子岩と呼ばれる巨岩の西側背後には形の良い堀切を見ることができます。

■場所:瑞浪市釜戸町 ■築城主:田中兵馬か西尾道永
■別名:萩之島城 ■城形式:山城
■築城年:建武年間(1334〜1337)か文明年間(1469〜1486) ■城遺構:曲輪・堀切・土塁
■標高:600m ■比高:170m


【刈安神社入口(現登城道)】

【刈安神社参道(登城道)】

【刈安城址の主郭跡】

【主郭南側下段の曲輪跡】

【主郭西側下段の土塁跡】

【主郭の堀切跡】

<刈安城へのアクセス>
国道19号線を多治見方面から恵那方面に進みます。途中、瑞浪市内の国道19号線沿いにある釜戸中学校前を目印に、ここからさらに2.5km程進むと萩之島横断歩道橋が見えてきます。この歩道橋を過ぎてすぐ左手の中央自動車道高架下を左折し、道なりに2km弱程を登っていくと突き当りに中山道散策用の大久後駐車場に辿り着きます。車はここに駐車し、左側に続く中山道を400m程進むと刈安神社の石柱がありますので、ここを登っていくと城址である刈安神社に到着します。神社の裏側が主郭となります。