広恵寺(城)(こえじ) 苗木遠山氏初期の居城

【山麓の広恵寺跡】
■場所:中津川市福岡(植苗木)
■主な城主:遠山景利など
■別名:福岡城?
■形式:山城
■築城年:元弘・建武時代か
■城遺構:曲輪・堀切・井戸
■標高:525m
■比高:135m

岩村遠山氏の一族遠山景利らは、元弘・建武時代、植苗木、城ヶ根山に広恵寺城を築き福岡城とも称されました。この城は木曽川西古道筋にあたり、美濃口、木曽路、飛騨口の守りとしての要害の地で、城南のこの平地には武家屋敷があったと伝えられています。しかし城主遠山直廉の時代、広恵寺城は苗木の高森に移されました。広恵寺城の麓にある広恵寺跡は、観応元年(1350)夢想国師が唐より持参した観音像を祀り、弟子の枯木禅師は「智源山広恵寺」を開山しましたが、のち後継住職が絶えて廃寺となり、明治の廃仏毀釈で取り壊されました。当時、広恵寺跡の一帯には武家屋敷もあったようです。


【山城への登城道】

<今城へのアクセス>
国道19号線を恵那方面から松本方面へ向かう道中、中央自動車道中津川インター出口を過ぎるとまもなく国道257号線への分岐表示が現れます。ここを国道257号線方面へと進み、しばらく直進した後、青木の交差点を左折ます。
青木交差点から国道257号線を9.5km程北上した中津川市福岡町内の「野尻交差点」を右折し、さらに2km程進むと右側に地元の方が設置した広恵寺城の案内表示が現れるので、矢印に従ってここを右折します。さらに200m程進むと左側に広恵寺城の石碑があり、ここから東に600mで広恵寺城に至ります。車は広恵寺跡に止めることができると思います。