御嵩城(みたけ) 権現山城と本陣山城

【権現山城址本曲輪跡】
【歴 史】天文年間(1532〜54)に御嵩を拠点としていた戦国武将小栗信濃守が築城した山城で、以前は本陣山の東に隣接する権現山に城を構えていましたが、度重なる戦いにより、より防備の堅いこの地に城を移築したとされています。天文21年(1552)、土岐郡高山城の攻略をもくろんだ小栗信濃守の軍勢は、城に攻め入ったものの形勢不利となり、逆に小里城の小里出羽守光忠と明知城の遠山与助らの軍勢に攻め込まれ、ついに御嵩城は落城しました。なお御嵩城とは本陣山城と権現山城を合わせた総称です。『現地案内看板より本文抜粋』
郷土の軍記物である『濃州小里記』に高山城主高山伊賀守が没した隙を狙って御嵩城主小栗信濃守が高山に攻め入ったと出てきます。現在、本陣山城と権現山城は公園化されています。権現山の方は自然を生かした公園設計のため虎口や曲輪、空堀などを見ることができますが、本陣山の方は遺構の保存状態が良くありません。そのかわり本陣山には展望台が設けてあり、そこから見る御嵩の景色は絶景です。

■場所:可児郡御嵩町 ■築城主:小栗信濃守
■別名:権現山城と本陣山城 ■城形式:山城
■築城年:天文年間(1532〜54) ■城遺構:曲輪・横堀・堀切・土塁・虎口(権現山) 、 曲輪(本陣山城)
■標高:188m(権現山)、■標高:241m(本陣山) ■標高:40m(権現山)、■比高:60m(本陣山)


【権現山城の虎口跡】

【本陣山城址】

<権現山城へのアクセス>
可児郡御嵩町内の国道21号線可児御嵩バイパス「みたけ工業団地口」の信号交差点を可児市方面から見て右折(南進)し、次の信号をまた右折します。150m程進んだ南山東台の団地の入口を右折し、団地の外周を回るように道を辿っていきます。団地の北端辺りに保安林の整備看板がありますので、看板横の石積みのある道を入っていくと金峰ふれあいの森に辿り着きます。公園の中にある金峰神社が権現山城址となります。公園の敷地内に駐車スペースがあります。
<本陣山城へのアクセス>
可児郡御嵩町内の国道21号線可児御嵩バイパス「南山団地入口」の信号交差点を可児市方面から見て右折(南進)します。約1km程進むと「御嵩城址公園、南山公園」の道路表示がありますので、御嵩城址公園の方向へ左折し、突き当りまで進むと公園の駐車場に入ります。公園内が本陣山城址です。