根本城(砦)(ねもと) 甲州出身の土豪若尾氏の居城

【根本城址の主郭と堀切跡】
■場所:多治見市西山町
■主な城主:若尾甚正
■別名:
■形式:山城
■築城年:天文20年(1551)以降か?
■城遺構:曲輪・竪堀・堀切・土塁・虎口
■標高:280m
■比高:80m

根本城(砦)址は、高社山の北東、標高285mの通称「城山」に位置します。戦国時代の後半に若尾氏が築き、山麓には御殿屋敷を構えていました。本能寺変後、金山城主森長可は可児郡平定にのりだし、この時、根本城主若尾甚正は長可に降伏し、大原・根本・小木の所領を安堵されました。城址は元昌寺の西方の通称城山といわれる海抜290mの小山の頂上にあり、深さ4mほどの堀切や土塁、竪堀などもみられます。山の南北の突端部には見張り台を置いたと考えられる平地があり、戦国時代の典型的な中世城塞の姿をとどめています。若尾氏の出自は甲斐国で武田氏の家臣と云われています。文献には「物見矢倉は今の城山にて中坂に旗挙の松あり。井戸等在りてよく人の知る所なり。又城山の北東に屋敷在り、堀を深くし塁を高くして用意堅固の備えをなす」と記されています。近くに御殿跡や代官屋敷跡と呼ばれる史跡がありますが、一部住宅や工場の敷地となっています。


【主郭跡と土塁跡】

【二の郭跡】

【搦手郭跡】

【大堀切跡】

【竪堀跡】

【搦手郭の土橋と堀切跡】

【伝 旗揚げの松】

【登城口】

【山麓の御殿場屋敷跡】

<根本砦へのアクセス>
中央自動車道多治見インター出口を出たら右折し、国道248号線に入ります。そのまま4kmほど直進し、歩道橋のある「大針町南」信号交差点を左折し(斜め後方に戻る感じで左折)、そのまま道なりに進みます。1.1km程進むと右手に大きく曲がるカーブとなりますので、カーブを曲って300m程進んだ丁字路を右折し、130m程直進すると左側に登城口、右側に駐車スペースがあります。