鷹撃谷城 (たかちがや) もうひとつの大井城址

【鷹撃谷城址の土塁】
【歴 史】鷹撃谷城址には『恵那市指定史跡 大井城』という史跡案内が立てられています。ここが応仁の乱の頃、信濃守護小笠原家の東濃侵攻により落城した大井城であったのか、それとも全く別の城であったのかはわかっていません。そのため土塁などが残る鷹撃谷城が大井城跡地とも推定されています。大井城は永享の乱の後、美濃守護土岐持益は信濃国境に近い要衝大井の守備を同族の原行秀に命じました。その後応仁の乱を経て信濃守護小笠原氏が侵攻駐留し、小笠原氏が退去した後は岩村城を本城とする遠山氏の支配となりました。市史によると鷹撃谷城は、遠山氏の家臣である藤井氏によって築城されたとされています。大井城は藤井宗常が、鷹撃谷城は弟の藤井常守が守ったとされています。元亀三年武田氏の東濃侵攻により大井城も攻略され、この時、甲州流技法にのっとり大改築されましたが、長篠合戦後織田信忠に攻略され落城、その後廃城となったといわれています。

■場所:恵那市大井町 ■築城主:藤井宗常・常守
■別名:大井城 ■城形式:平山城
■築城年:不明 ■城遺構:曲輪、空堀、土塁、土橋
■標高:278m ■比高:0m

<鷹撃谷城へのアクセス>
中央自動車道恵那インターを出たら右折して県道68号線に入ったら、次の「坂の上」信号交差点を左折し、JR中央線に沿った形で直進します。JR恵那駅前を過ぎると道の本線は左折しますので、直進・右折車線に入り、そのまま走っている道をまっすぐ進む形をとります。少しすると車線はなくなりますが、300m程進むと「止まれ」の一旦停止線が見えてきます。この十字路を左折し、明知鉄道とJR中央線の2つの高架を潜ったら道なりに右折し、すぐ線路沿いに登っている右側の側道へ入っていきます。中央自動車道の高架を越えないように、150m程進んだ所の角を左折し、さらに50m程進んだ角を左折すると突き当りに鷹撃谷城址の土塁があります。車は路駐となります。