多治見国長館跡(たじみくになが) 正中の変で散った英雄の居館

【現在の館跡】
【歴 史】多治見国長は土岐氏の流れを汲む多治見国純の子であり、土岐郡多治見を本拠として活動していました。後醍醐天皇の鎌倉幕府打倒計画に土岐頼兼と共に参加しましたが、事が露顕し、京都錦小路高倉の宿所にいたところ、夜中に急襲を受け、一族郎党と共に自刃して果てました。この事件は正中の変といわれています。『本文は現地案内看板を一部抜粋』

現在、多治見国長の館があったとされている場所には「多治見国長公遺址」という石碑が立ち、県史跡に指定されています。

戦国時代から大きくズレますが、太平記にも登場する東濃西部の英雄の館跡として紹介しました。

■場所:多治見市新町 ■築城主:多治見氏
■別名: ■城形式:館
■築城年:不明 ■城遺構:無

<多治見国長館跡へのアクセス>
中央自動車道多治見インター出口を出たら左折(土岐市方面)し1km程進むと国道19号線に合流します。国道19号線を直進しながら、「弁天町」の信号交差点を右折し、650m程進んだ多治見橋で土岐川を渡ります。川を渡ったすぐの5叉路の信号交差点「多治見橋南」で斜め右の道へ入っていきます。まっすぐ進むとアーケード街となり、このアーケード街の中に館跡の碑があります。車は多治見橋南交差点を直進してすぐの有料駐車場に止めることになります。