城址探訪記(2019)

※黒字は歴史をグレーの文字は管理人の勝手なコメントです。


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  城址探訪記2013

1月13日 近江国への城址探訪
小谷城へゆく (滋賀県長浜市湖北町伊部)

【歴史】小谷城は大永4年(1524)浅井亮政が京極氏より自立して築城してから、久政を経て、三代長政が織田信長に抗して敗れる天正元年(1573)までの50年間、浅井氏が根城としたところであり、六角氏との戦や姉川の戦にもこの城から多くの将士が勇躍して出陣したのである。またこの城は信長の妹お市の方の住した所であり、その子淀君や徳川秀忠夫人らの誕生の地でもある。落城後、木下藤吉郎秀吉によって城楼、城下町、寺院等が今浜(長浜)に移される。
『現地案内看板より本文抜粋』


虎御前山へゆく (滋賀県長浜市湖北町別所)

【歴史】虎御前山は標高224mの独立丘陵で八相山ともいう。虎御前山には古墳時代から奈良時代にかけてのものと推定される円墳や前方後円墳の遺構が数多くあり、戦国時代にはこの古墳を利用した砦が築かれていた。蜂屋頼隆陣が築かれていた北山古墳や、元亀3年(1572)、織田信長が小谷城攻撃のため築いた砦跡があり、堀秀政、木下秀吉、滝川一益などの諸将も砦を築いていた。
『現地案内看板より本文抜粋』


【訪城記】今年の城初めは、近江の国を代表する山城のひとつである小谷城からスタートです。小谷城へは約13年ぶりの訪城となります。小谷城は以前からとても整備された素晴らしい中世城郭でしたが、特に2011年の大河ドラマ「江」や日本100名城の選定の影響もあり、さらに見やすく整備されています。13年前は小雨がぱらつく6月の訪城であったため、少しずつ色を深める新緑にしとしと降る雨が落城の物悲しさを演出して、とても風情があったことを覚えています。その時は遺構から少し外れた月所丸まで辿り着くも、あまりの薄暗さと繁茂する下草におじけづいて帰ったのですが、この日は「こんなところまで整備されているのか!」と感嘆するほど月所丸の内部まで整備されており、思わず城域を超えた先まで足を踏み入れて探索してしましました。今年もよい訪城のスタートが切れました。

小谷城 月所丸の土塁跡



虎御前山の織田信長陣地跡

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